ダニーTの映画ガチョ〜ン
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PART 47  2005.4.8更新

さらば無頼の男たち

青森東映は、どこか他の劇場とは違う匂いがあった。
もぎりのお姉さんも他の劇場と違いどこかあだっぽい感じで、子供心に少しドキドキしたこともある。東映マンガ祭りの初日、朝一の時間は、いっぱい子供たちが並んで劇場が開くのを待っていた。
その列を横目で見ながら“ウィーッス”って傍若無人に劇場に入っていくわが父に急いでくっついて入って行く僕ら兄弟。恥ずかしいやら嬉しいやら罪悪感と優越感のハザマで見た「わんわん忠臣蔵」「長靴をはいた猫」。

劇場の脇の廊下に立てかけていた看板たち。ダンボールでカモフラージュされた便所のいけない販売機、もぎりのお姉さんに絶対食べちゃだめといわれたソフトクリーム。そこは、あぶなくていけない”素敵”がたくさん詰まっていた。

そりゃそうだマンガ終われば、また健さんやお竜さんが斬った張ったの任侠映画や不良番長や温泉芸者やっていたんだもの。働いている人たちだってとっても個性的で、”事務所”にはギャング映画そのままなダンディで危ない感じの人々がタムロしている(あくまでも子供心に見たイメージだけど)。うちのオヤジなんて“おーいアパッチ”なんて呼ぶ人はいまだに僕の中では“アパッチさん”なわけで本当の名前は知らない。
でも教科書に出ていた(ネイティブ・アメリカンじゃ感じが出ないなー)、インディアンの“アパッチ”そっくりで、この人いったい何の仕事しているのだろうと思っていた。

その頃の映画館は、僕のところも似たり寄ったりで今では信じられない仕事がたくさんあったけど。みんな、僕の父を含めて、楽しそうに仕事しているというか、遊んでいるのか仕事しているのかわからんところがあった。

当時は、日活も大映も東宝も松竹もあったけど東映は別格というか、まさしく三角マークの映画と同じで、無頼の匂いがする大人の世界があった。

そんな青森東映も、もうすぐなくなるという。あーあ寂しいなー。時代なんて言葉で言い表せない何かが僕の心にある。
アパッチ、よねさん、なべさん、ツマさん、マンタ、クラ、みっちゃん・・
みんな居なくなってしまったけど僕は忘れない。さようなら、青森東映。