ダニーTの映画ガチョ〜ン
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PART 58  2008.9.19更新

 「山桜」という映画は、藤沢周平の短編小説「山桜」の映画化。篠原監督はその20ページにも満たない小説の文間を、よくそしゃくして、映像に取り込み一つの時代劇を作り上げた。ある意味みごとだった。なによりも藤沢周平の遺族が、この映画を見たあとに監督に「ありがとうございました」と礼をのべたということが、いかに他の藤沢作品が蹂躙されたと遺族が思っていたかを思わせる。それだけ原作と映画化というのは難しい。ある作家は、映画化について「壊されるのは当たり前だ」と最初からあきらめているが、それだけ文学と映画との距離はあるということだ。それでも「山桜」は映画としては原作者(遺族だが)は満足した作品であった。でも、僕は、そうでもない。なにがどうのこうのというのではなくて、今の日本映画界の現状から、時代劇の制作の限界を感じた。役者の力のバランスといおうか、主役からエキストラまでの衣装や所作がバラバラで、アンバランスなのが残念だった。山形のFCの協力を仰いだというのは、予算とかいろいろな意味で仕方がないのだと思うが、時代劇はどうしても着物とか所作が映画のベースの部分で重要なのでとてもハンデキャップを負ってしまった観がある。それだけ着物というのは着こなしが難しい。その上での演技なのだから、素人のエキストラなど論外で、どう見てもつるしの案山子みたいなサムライがたくさんいた。その後で藤純子である。あまりにも見事すぎて、共演者がかすんでしまうほど。往年の名監督、マキノ雅弘仕込の名演技健在です。なんだかんだと文句はつけているが、それでも「山桜」はマトモな時代劇だった。TVの水戸黄門みたいな、作っているだけの薄っぺらい物しか残らなかったら悲劇だ。ちゃんと継承することの大切さも考えさせる映画でもあった。でも、それだけではいかんと思うし、やっぱりまずいと思う。