デイジー川嶋の新世紀シネマエッセイ
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vol.032  2003.9.16更新

 住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)が本格的に稼動した。
一部の自治体が情報漏えいや拡大使用に不安や懸念を示して不参加のままだが、日本政府は強引に推し進めている。
「何のことぉ?自分たちには関係なぁい!興味なぁい!」
なんてアホなことを言ってると、殺されるぞ、おらぁ。
全国民は背番号をつけられたのだ。便利になることはわかる。簡素化され、全国どこでも身分を証明でき、住民サービスを受けられるメリットある個人カードが作れるのだから。
が、同時に、完全に俺たちは包囲されている。政府に管理されたのと同じことだ。俺が恐ろしいと思ったのは、コンピュータを自分では使ってはいないであろう大臣先生が「絶対に安心ですよ」と笑って言っていることだ。
コンピュータ・ウィルスの怖さ、ハッカーたちの明晰な頭脳と底知れぬ恐怖を知らないで「専門家の先生方が太鼓判を押している」とかナントカって。
真っ先に消されるのはお前らだっちゅうの。

 俺の大好きな映画に「未来世紀ブラジル(1986年/米国映画/テリー・ギリアム監督作品)」がある。難解だが何回も観た(ってが)。
近未来のとある国。極度に情報化された社会に対し、テロ行為が多発している。
情報省に勤めるサムは、テロリストの「タトル」と間違われ捕まり処刑された「バトル」という男について調査する。
やがて誤認逮捕と分かったが、情報省のミスを隠すため唯一の目撃者のジルをも始末するという情報を聞いたサムは、自分の夢の中に出て来る美女にソックリなジルのために、彼女を救おうと仕事そっちのけで危ない橋を渡り始める…というストーリーだ。
未来なのかレトロなのかも理解不能な異様な世界で、究極の管理社会を風刺するブラックユーモアSFの傑作として不思議な評価をされた映画だった。
陽気な楽曲に彩られた、暗く不気味で何とも可笑しい未来社会だった。
「ブラジル」とはテーマに使われている陽気な楽曲のことだが、管理の行き届いたコンピュータ社会の中で、情報省記録局の役人が叩き潰した「ハエ」による印刷ミスが原因で騒ぎが大きくなった。
番号一つがズレるだけでこの騒ぎだ。事件は現場で起こっているのだ。いいえ、事件は会議室で起こっているのよ。そう、日本は今、未来世紀に向かっている。役人のミス一つ、あるいは人為的なわずかなキーボード操作により人を簡単に抹消できるのだ。俺たちは包囲されている。直ちに青森ベイブリッジを封鎖せよ。
なんて冗談言っている場合じゃないって。と言うのも、俺なんか突然ヘンな電話やメール、手紙が来ることがある(自分でも出すけど。出すなって)。
インターネットで俺の名前を検索すると森田健作と出る(違うっ中年)。
いろんな検索に引っかかって驚くばかりだ。仕事柄、いろんな講演会、シンポジウムに顔を出すけれど、役所が勝手に書き込んで発信するもんだから、俺の名前も出回ってしまう。それも、本名で。しかも、善意で。未必の悪意だ。悪意のない行動が何か違うトラブルを巻き起こす。書き込んだ本人はその後のことはお構いなしなのに。
懐かしい人から、遠い人からの突然のメールに驚き、嬉しくなることもあるが、怖いことはもっと多くある。未来世紀・ジャパン。