デイジー川嶋の新世紀シネマエッセイ
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vol.046  2004.12.27更新

 2004年の流行最前線を突っ走った映画とドラマのキーワードは「純愛」路線だった。「冬のソナタ」→「冬ソナ」「世界の中心で愛をさけぶ」→「セカチュー」「いま、会いにゆきます」→「いま、あい」「僕の彼女を紹介します」→「僕カノ」といった具合いに、代表的なヒット作は「略語化→流行→ヒット→ブーム」という図式となっている。

 殺伐とした世界情勢の中、この古臭くも懐かしく新しい感覚は「韓流」ブームにも後押しされて、CG満載のハリウッド映画に飽き始めていた日本の映画ファンに「純愛」路線が支持された。映画鑑賞歴32年(ガキの頃を除く)になる俺だが、久しぶりに年間の鑑賞数が140本台に乗った。トシと共に生活力は安定するものの、仕事のため余暇時間は減る一方だった。

 それでも、テレビやビデオ、DVDでの鑑賞に満足できずに「大スクリーン+迫力のサウンド+衛生管理が行き届いた劇場」である「シネコン(シネマ・コンプレックス=複合型映画館)」スタイルに慣れて来たことと、公開作品の急増により、田舎人のライフスタイルは激変した。

 決して「東京と同じ」状況にはならないものの、ある程度の話題作が県内でも「同時期に」鑑賞できる機会が急増したのは事実だ。ビデオの普及に伴い映画館が相次いで閉鎖に追い込まれた頃に、映画ファンの欲求不満から始まった「あおもり映画祭」開始時の14年前に比べると、青森県の映画館事情は大躍進であり、贅沢なくらいに大満足である。

 基本的に旧作はDVDで鑑賞できるので、夜中に一人で観たりする。映画館は新作を観る。時代の空気を体感できるから。時間帯と客の入りを見ながら、自分なりに「興行」を分析する。俺が映画とは「作品論ではなく状況論だ」と言うのは、いつ、どんな状況で観たかが、物凄く精神に影響を及ぼすからだ。

 今年最も心に染みた映画が「ゴッドファーザー」だった。デジタル・リマスター版で公開されると、何度も観た同じ作品なのに初めて観たような感動があるから不思議だ。映画館の大画面で、精神を集中させて対峙する。「ゴジラ」の第一作目もそうだった。50周年ということで、当然、劇場公開時には俺は存在していない。それをテレビ画面でなく観るという行為で、何か自分の人生観を揺さぶられているような気がする。いくつかの名作がこうしてデジタル処理されて甦る。やはりDVDでなくて、映画館で観たい。こんな俺が待ち望んでいる「サウンド・オブ・ミュージック」のデジタル・リマスター版。青森県内ではなぜか上映されなかった。何度観たかわからない俺の中の永遠の一本。

ならば、映画館にリクエストしてみようと思う。こんな時代に、もう一度、あのジュリー・アンドリュースに逢わせて下さい。俺の中の純愛映画。