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デイジーさんは今年、映画鑑賞30年目という節目を迎えた。初めて自分でお金を払って「映画」というものを観たのが、今はなき弘前スカラ座。チャールトン・ヘストン主演の「十戒」というスペクタル映画が全ての始まりだった。以来30年経つが、最近になって、観た映画を記録した貴重なメモが発掘された(?)。それに最近のメモを加えて、記憶をつなぐ作業を続けた。一ヶ月かかって、これまでに観た映画千8百50本余りをコツコツとパソコンに入力した。この鑑賞史は「年月日」と「タイトル」と「劇場名」を明記してある。たったそれだけのことだが、どんな時代で、どこで、どんな状況で、誰と観たのか、いろんな記憶が鮮明に甦って来るのだ。
俺の鑑賞史は、テレビ、ビデオ、DVDでの鑑賞は含んでいない。わざわざ「足を運ぶ」行為があるからこそ「映画館・劇場・ホール」での映画鑑賞は強く記憶に刻まれる。不思議なもので、冷房の効きすぎで寒かった記憶、汗をかきながら観ていた記憶、不愉快な気分で観て映画の中身が何も頭に入らなかった記憶、疲れて寝てしまった記憶、満員で窮屈な気分で観た記憶などが、一瞬のうちに甦るのだ。逆に全く記憶のないものもある。それでも30年前のことでも、わずかな手がかりから記憶を呼び覚ますことができる。
この春観た「メメント」と「マルホランド・ドライブ」という異常に面白い2本の映画には「記憶への挑戦」という共通項があった。ビデオやDVDで簡単に再生・早送り・逆戻しができることが観客の想像力を低下させているということから、監督たちが「映画館で観るからこそ味わえる醍醐味」として、観客へ挑戦状を叩きつけたかのような編集の仕方をしているのだ。観客にわかりやすい編集ではなく、考えさせる手段。瞬きしている余裕もない程、凝視しないとついて行けないテンポ。難解な映画という意味ではなくて、単純な展開の中で観客の記憶力が試されているという感じなのだ。
また、「アメリ現象」を巻き起こしたフランス映画「アメリ」には脱帽した。この映画は文句なく面白い。サイコー。芸術的で、編集のテンポも素晴らしい。古典的で前衛的。笑いと涙で綴られた十年に一本の名作だろう。何度でも観たくなる。人生に希望をもたらす一作だ。弘前マリオン劇場なき後、メジャー系以外の映画もドンドン観せてほしい。がんばれ、青森の映画館。
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