バックナンバー 2002.12.25更新

デイジー川嶋の新世紀シネマエッセイ vol.021
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 今秋、日本映画界有数の編集マンとして知られる冨田功さんが肺ガンのために亡くなった。45歳で約100本の編集作品を残した。「編集」と言うと地味な仕事に思われがちだが、監督と同じくらいの才能を必要とし、これからの時代の花形職業である。俺とは中原(俊)組で一緒になった。5年前の「第6回あおもり映画祭」の時にも青森に来ていただいた。阪本順治監督特集の時だが、中原監督の最新作「ライ・ライ・ライ」も特別上映された。冨田さんはRABテレビの人気トーク番組「ハーヴェスト」にも出演し、編集マンの凄さと大変さを語った。一般の人には馴染みのない世界を伝えた意義は大きかった。
 15年前、俺がフジテレビへの出向を終えてNCPに戻り、CXドラマ「帰って来た桃尻娘」の打ち上げ花見で「よく帰って来たなぁ」と言われたのが印象的だった。人間関係に悩んでいた矢先。中原監督から誘われたものの出演者がズラリといるので「自分が入ってもいいのか」という雰囲気の中、冨田さんが歓迎してくれた。それ以来、中原組は俺の心のより処だった。時が流れて青森にゲストで来た時も「川嶋君が成長して俺も嬉しいよ。また呼んでくれよな」と言っていた。超売れっ子の編集マン。日本映画界としても悔しい死だ。相米慎二監督に続いて、日本映画界はまた一人の若く貴重な才能を失った。合掌。 その一方で、先日、北斗高校生が作った「シネマAtoZ」の上映会に新しい息吹きを感じた。カメラを持ったことのない高校生が映画を撮る。この無謀とも思える授業がスタートしたのが昨春。企画講座を担当した俺としても感慨深いものがあった。プロの脚本家・小川智子さん、中原監督、笹岡幸三郎プロデューサーという豪華講師陣。ある時から担当の竹内先生からの連絡が途絶えた。相当の苦しみだったようだ。デジタルビデオの短篇とは言え、本当の劇映画を3本作った。そして、その完成上映会。10代の若者たちの「そのままの感性」が映像化されていた。苦しんだ人にしか、辿りついた感動はわからない。予想以上の観客。照れながらも堂々と語る舞台挨拶。その場は「映画祭」と同じだ。反応も良く、生徒の満足していた様子が笑顔で表現されていた。公的な場で披露した自信はとても大きいと思う。デジタルビデオカメラとPCによる編集。誰でも手軽に「撮影・編集」できる時代になったからこそ、何かの主張・問いかけがなければ記憶に残る映画にはならない。それは、プロもアマも一緒だ。
 
 
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