バックナンバー 2003.7.28更新

デイジー川嶋の新世紀シネマエッセイ vol.030
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 いやし系として人気を誇る若手の第一人者・篠原哲雄監督を「@ff第12回あおもり映画祭」最終日の木造会場「縄文メロンアワード2003」に招いた。
彼が木造町に来るのは実に10年ぶりだが、そのことを知っている人は少ない。昨年「命」で多くの賞に輝いた彼は「月とキャベツ」「はつ恋」などで若者のカリスマ的存在となった。一般的には「月キャベ」が劇場用映画デビュー作品。しかし、その前があった。「草の上の仕事」という16ミリ作品があり、この映画が海外の映画祭で賞を取ってから彼はブレイクし始める。10年前、チーフ助監督だった彼は仲間と自主制作映画を撮った。俺の企画の師匠である成田尚哉プロデューサーから「こういう自主映画を撮った奴がいるんだけど観てくれないか?」と送られて来た1本のビデオテープ。草を刈る少年2人の淡々とした会話と美しい情景。俺と同年代の彼の映像に衝撃を受けた。迷わず上映を決めた。16ミリ作品なので佐藤真監督(弘前市出身)の「阿賀に生きる」と中原俊監督の「シーズン・オフ」と共に3本立てで上映会を組んだ。
 これが「第2回あおもり映画祭」最終日の木造会場であった。木造町勤労者体育センターという体育館にゴザを敷いて作った会場。未知数の篠原作品に観客の多くは拍手を送った。全く無名の新人監督、いや、その時点ではただの自主映像なのだ。当時のATVのアナウンサー・鳴海真奈美さんが司会をつとめた。「篠原監督」と声をかける。「監督」と世間で初めて呼ばれた瞬間だった。「そのことは一生忘れませんよ」と篠原監督が言う。篠原哲雄監督作品が全世界で最初に上映された場所は、青森県西津軽郡木造町だったという次第。また、この映画に主演している太田光が、「爆笑問題」で人気を博した太田光さんであることも後に話題となった。蛇足だが、となりの車力村には「太田光(おおたっぴ)」という集落がある(だから、ドーシタ)。
 この上映会は「ネオJムービー16mmフェスティバルIN縄文ロマン」というタイトルで開催したのだが、日本映画の新しい才能を探したいという俺の思いはこの頃から始まっている。この木造会場がスタートして11年目になる。昨年、待望の「松の館ホール」が誕生したのを機に「縄文メロンアワード」として開催しているが、この10年間に大きく羽ばたいた彼を検証しようと試みた。10年前、ポスターに掲載するための宣材(宣伝材料)が何もない状況で俺は「新星出現!」というキャッチコピーを書いた(さすが、俺だよ。ってが)。
 最終日の木造会場は富田靖子さんが来町するとあって、多くの観客が詰め掛けて大盛況だった。「折り梅」の感動に包まれた直後とは言え、観客が帰らずに残りの2本を観てくれたことが嬉しかった。「木曜組曲」というサスペンス、「洗濯機は俺にまかせろ」というリサイクル・ラブストーリーの2本。前夜の青森松竹アムゼで上映したミステリアスな函館ロケ作品「オー・ド・ヴィ」と併せて篠原作品を3本上映したが、そこにあるのは「いやし系」と簡単には検証できない篠原監督の奥深さ・成長ぶりが感じられた。自分でも「いやし系」と言われるのが嫌らしく、いろんなジャンルに挑戦して新しいシノテツワールドを作りたがっているように感じた。
 こうして初夏を彩る「@ff第12回あおもり映画祭」も無事に終えることができた。木造会場は260人、300人、240人の観客で合計800人となり、公式記録の合計は3390人。全国的に見たら予算規模の小さい名もない映画祭でも、映画人に毎回エールを贈り続けて来たことが、確かな絆になって結ばれている。大切なことは、その一瞬一瞬の出逢いなのだ。
 
 
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