| ●ビワは生意気?
物の見方、表現が私達とは違ってました。ビワの木があったとすると、私達はおいしそうだとか食べたい、という発想ですよね。雄三おじに言わせると「ビワは種ばかり大きくて生意気な果物です」となるんですよ。
それから家の側に円通寺というお寺があってカラスがたくさん集まるんです。「カラスは公害だ、人に迷惑をかけるから」と私が言うと、おじ曰く、「カラスは(黒い)礼服を着て毅然としていますよ」となるんですね。
藤本(義一)さんに聞いた話しですけど、撮影所の広告で人を募集していて、依頼者の所に「股火鉢ノ川島」と書いていたそうなんです。変わっているなと思って門をたたいたそうです。その時雄三おじは「君は何になるの?クズモノやさん(※1)」と聞いたらしいですね。
※1 藤本義一氏はシナリオ・ライターを希望していたが、脚本家が原稿を失敗するとその原稿をゴミ箱に捨てる様子をたとえたと思われる。
●テレビのことについて話しをされたことがありますか。
晩年、テレビのことをおじに聞いたことがあったんですけど、「テレビはやらない。座業に入る」と言ってました。その時は座業という言葉が何のことかわからなかったんですが、また聞き返すと「不勉強です」と言われるので敢えて聞かなかったんです。物書き、脚本家ということだと思いますね。文章にはかなり自信をもっていたようです。織田作(織田作之助)さんとも近しかったですしね。
故郷を愛していたけど、表には出さない人なんです。言葉でも、食べるものでも。水上勉さんが飢餓海峡を作った時も、「おい、恐山をいい加減に書くなよ。嘘書いたって、俺の地元なんだからすぐわかるんだからな」と言ってたらしいです。三浦哲郎の「忍ぶ川」をやって三浦を盛り立ててあげたいとも話してましたし。
今、マンガの影響(集英社 ヤングジャンプに掲載)もあって、若い人に人気があるようですね。
幕末太陽伝の続編もやりたがっていました。
もう、頭の中では構想が出来上がっていたようですし。
あと、2、3本は撮らせてやりたかったですね。 |